恋愛機構

人の価値観の形はいろいろあるものだ。人にはあるべき姿があるだろうと決めつけてかかる君たちは是非僕の話を聞いていただきたい。これは少し前のことだった。

僕はひょんなことから一つの小さい村に迷い込んでしまった。僕は本気で疲れていたからその村の宿に泊めてもらおうと思ったのだ。しかし、その村はなにかとても奇妙なのだ…。殺風景と形容するのが妥当であろうか。灰色の四角い家ばかりが妙にきちんと区画整理されて建造されているし、何より気味が悪いのは村人の様子である。

最初に僕が違和感を感じたのは、村人全員が同じような服を着ていることだ。しかもその服が変わっているのは、胸や腰のラインが強調され、特に男の服は秘部が盛り上がっている。よく見たらオーダーメイドなのだろうか、体にとてもフィットしていてその人の特徴が一目でわかる。

そして目立つのはあまりのカップルの多さだ。少し見渡すだけでも、ご老人や年端もいかぬ少年少女以外の村人は男女ペアになっている。ただ、不思議なことに独り身の僕が見ても全く羨ましく思わないのだ。え?嘘だって?いや、恐らく君たちが見てもそう思うだろう。その男女は言葉も交わさずただ無心に接吻をし、秘部を撫でるだけなのだ…。楽しそうにお話をしたり笑いあったりする男女が、これだけたくさんのカップルがいて一組もないのだ。そのせいか、村全体がとても不気味な静けさに包まれていた。

僕はどうしても宿が欲しかったから、一人でいる老爺に話しかけた。老爺が振り向いた瞬間僕は寒気がした。人間は言語コミュニケーションの他にノンバーバルコミュニケーションと言って、仕草や表情、見た目からもその人の感情や性格を無意識に読み取っている。しかし、この老爺に対してはいかんせん無表情でそれができないのだ。無意識なものを封じ込められたようなこの気持ち悪さは他のものに形容しがたい。見るのも本当は耐えられなかったが話しかけてしまった以上、この老爺にこの村を聞くことにした。

話を要約するとこの村には絶対に守らねばならない三か条の掟があるらしい。それは、

 

  1. 名前をつけないこと。どうしても呼ぶ際には服に記載された番号で呼ぶ。
  2. 決して村の外には出ないこと。
  3. 異性に服のうなじについているボタンを押された場合、速やかに言うことを聞くこと。

僕は老爺にうなじのボタンを見せてもらったが、少し押すのに苦戦しそうなくらいの小さな赤いボタンだった。このボタンはどういう時に押されるべきか聞いたところ、主に婚姻を解消し相手を取り替えるときに使うのだそうだ。

え?僕何か変なことを言ったって?ああ、申し訳ない。少し話が飛んでしまった。順を追って説明しよう。この村はざっくり話すと徹底された恋愛機構が成り立っている村なのだ。

まず、この村では個人のアイデンティティ(自己を証明するもの)が限りなく排除されている。掟によって名前はなく、服装も決められてしまっているので自己という概念がない。従って、個々人に理念や思想もない。ただ、生きたいという欲求のみで村人たちは日々を過ごしているのだ。当然理念がないのだから、必要以上の言葉も発することがないため、各々性格にもほとんど差はない。差があるとすれば遺伝子とそれによって決定される体格くらいだ。まあ、それもこの閉塞的な環境下において似通ってはきていたが。

次に、気になる恋愛機構だが、まずこの村では成人になると検査を受ける。老爺は相性診断と呼んでいたが、つまるところ遺伝子検査だ。個人の遺伝子を読み取り、適合率の高い配偶者を選ぶためにその検査は行われている。

それが終わったら次は身体計測をする。図る部位は身長体重に留まらず女であれば胸の大きさ、スリーサイズ、男であれば秘部の形や大きさを図る。そして村人をランク分けし、遺伝子検査と組み合わせてより相性のいい身体同士を組ませるのだ。普通の人は、秘部や胸の大きさで人を判断するのはやや抵抗があるだろうが、彼らにとってはより相性の良い相手を選ぶいい基準なのだ。それによって大きい快楽を得られるのなら都合のいいことである。

そして最後に組になった男女を特定の部屋に入れて性行為をさせる。これだけ徹底した検査をしても、この村では科学はそこまで進歩していないため、大体3割の人がここで不満を訴え相手のうなじのボタンを押して変更する。僕が見たときは、一晩で4人も変えている人がいたが、多くて10人と性行為をした人もいるという。僕は変更された相手がかわいそうではないかとうろたえたが、うなじのボタンを押された瞬間、快楽のないことを受け入れるそうである。そうやってより大きい快楽を求めて性欲を満たしていくのである。

基本的に村人の1日の過ごし方は決まっている。まず、配偶者のいる男女はカップルで1日を過ごす。昼は先程見たものを説明した通り、広場や道の至る所で接吻をしたり秘部を愛撫しあったりし、夜は衛生面を配慮し、除菌のされた部屋の中で(部屋割りは毎夜ローテーションである)性行為を重ねる。であるから、生まれてくる子供に障害のある子はほとんど生まれてこない。生まれた子供は親元を離され、学校で成人になるまで過ごす。そこでは、皆が同じ食事、同じ遊びをさせられる。驚くことに、授業の中に避妊具をつけての性行為の授業があるそうだ。そこで、相性が良い相手、悪い相手を覚えるらしい。

そこまで徹底しても、婚約してからボタンを押される人はなんと村人の半数はいるらしいのだ。時間が経つと体の形は変わるから相性も良くなったり悪くなったりするためである。村人は何の違和感もなくボタンを押す。そうして老いるまで性欲を満たしていくのだ。そして性欲がなくなったら後は死を待つのみである。しかし、ほとんどの老人は僕みたいな外部から迷い込んできた人間と関わりを持った後に焼却炉へ自分から飛び込む。先程の老爺もそうだった。僕に一連の話をし終わった彼の顔は微かに笑顔があった。僕と関わりを持ったことで急に虚しさが込み上げたのだろうか。それは僕にはわからない。

ん?どうした?吐き気がする?そうさ。なぜ僕は君らにこの話をしたと思う?それは君らを道連れにするためだよ。あの村の恋愛機構は実は僕らの世界の恋愛とそうは変わらないんだよ。僕達はそれに気づいてしまったんだ。虚しいだろ?さあ、一緒に死ぬんだ。

 

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小雪 について

「愛」の概念について探求している、某国立大学の学生 プラトン、アリストテレス、アウグスティヌス、ベルナール、トマス・アクィナス、スコトゥス、パスカル、キルケゴール等の様々な思想家、 フロイト、ユングといった心理学者、 ユダヤ教、キリスト教などの宗教について広く調べています。 最近では、自由意志の認識がもつ社会的影響など実証的な研究にも興味が出てきています。 長らく哲学を専攻していましたが、心理学に転向することを考えています。
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恋愛機構 への4件のフィードバック

  1. かたぴ より:

    これは普通に存在する繁殖が管理された動物の世界だよね。
    人間は自分たちが崇高な存在であると思いがちだが
    他の動物より複雑な思考が行えるだけで、
    好きになる深層心理というのは動物と変わらないんじゃないかと思う。

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    • snowcity0000 より:

      好きになる深層心理は確かに変わらないかもね…
      俺は前も言ったかも知れないけれど、動物にはないなんかしらの思考、俺は愛だと思ってるけれど、を信じてるからそれでも動物とは違う崇高な存在だと思ってる。正直反論できないけれどね笑 納得しちゃってるわ笑

      そして、現代の自由すぎる恋愛が生み出してる原理もこんな感じに傾いていると思う。
      自由かと思いきや、実は何かに縛られてんじゃないかなって笑 チャラ男はなんかしらの強迫観念に管理されてんじゃね?笑
      まあ、ちょっとシュールさを出してみたかったの笑

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  2. 加納 より:

    最初読んでいて、「マイクラの世界の話かな?」と思ったけど、全然違って結構深い話だった。
    うまく言えないけど、確かに他の動物達の生を人間で描いたような感じだね。
    個性が重視されてきてる現代とはまた真逆の世界観で面白くて最後まで読んじゃった 笑

    いいね

  3. 加納 より:

    最初読んでいて「マイクラの世界の話かな」と思ったけど、全然違って深い話だった。
    うまく言えないけど、確かに他の動物達の生を人間で描いたような感じだね。
    個性が重視されてきてる現在とは真逆の世界観で、面白くて最後まで読んでしまった 笑

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