人間のエゴイズム

こんにちは。僕は今回面白いお話を持ってきたんだ。え、いつもそう言ってつまらない話ばかりじゃないかって?ごめんなさいって、でも今回は本当に自信がある。だって、君、もし正義のヒーローが目の前に現れて、世界の約70億人のうち一人だけ犠牲になってくれれば滅びゆくこの地球を救ってあげようと言われたら君はどうする?ははは、途端に難しい顔をしだしたね。その顔がこれから話す僕のお話が面白いということのなによりの証拠さ。そう、本当に突然のことだったんだ…。

僕はこの世界にある一種の絶望を感じていた。端的に言うと未来が見えないのだ。僕はこれまで言われた通りに進学し、言われた通りに進路を決めてきた。でも、いざ就職となると自分が何をしたいかがわからないのである。急に与えられた自由を、僕は全く受け入れられなかったのである。僕はカフェでお茶をしたり、本を読んだり、友達と楽しくお話をしていても、未来がないという事実が常世の闇となって完全に俺を覆っていたのである。

いつものように、自分のこの状況に胃に穴が開きそうなくらい悩みながら学校の帰り道を歩いていると突然僕の前に青いスーツを着て胸元に大きくSと書かれた怪しいおじさんが現れていた。普段ならなんだこの変質者はという風にあまり関わらないように通り過ぎるであろうが、彼が1mくらいであろうか、宙を浮いているという事実が僕をそうさせなかった。重かった足取りはさらに重くなって動けなくなり、口を開けながらその人のことを見つめるしか行動の選択に余地がなくなった。僕の周囲にいたまばらな人影もいっぺんに僕の周りに集まり、皆が同じ顔をしてその人を見上げ始めた。

その状態でどれくらい時間がかかったであろうか、いや、そんなに経っていないかもしれない。皆がずっと口を大きく開けてその人を見つめていたその時、急にスーツの男は喋り始めた。

今地球は滅亡の危機に瀕している。そう言われても皆にはしっくりこないであろうが、これは本当のことなのだ。最近になって自然災害が多いと感じたことはないか。マスコミがその事実を大げさに捉えて民衆の不安を煽っているだろう。この世界の人間には言霊が備わっていて、人々が声に出して人々に吹聴したことは実は本当になってしまうことがあるんだ。今回もいい例さ。本当に地球が滅亡してしまうんだ。でも、俺が来たからみんな安心してくれ。俺は他の星から来たここの星でいう警察みたいなものさ。地球が壊れそうだと聞いたので急いで駆けつけてきた。僕にはこの星を救う力がある。

スーツの男はにわかには信じられないことを平気で言ってのけた。しかし、宙を浮いているという厳然たる事実が、みなを信じさせた。僕らは一安心した。皆はやはり怖がっていたのだ。度重なる自然災害に、これから先日本は、世界はどうなるのかと心の中で思わずにはいられなかったのだ。だけれど、この男なら救ってくれる、そう思って僕らは胸をなでおろした。次の言葉を彼に言われるまでは。

しかし、それには条件がある。タダ働きとはいかないのだ。実は僕らはこの星の生命体にとても興味がある。そこで提案なんだが、星を救う代わりにこの星の人間を一人だけ貰いたいのである。僕らにも秘密というものがあってそれを守りたいから生きて返すというわけにはいかないが、殺す時にはしっかり安楽死をさせるから安心したまえ。この星の人間は実に70億個体生息しているという。その中の一人だけをもらって70億個体を救うのだから安いものだろう。どうだ、いい取引ではないか?もちろん断るというならそのまま地球が滅びるのも悪くない。

その言葉は人々を青ざめさせた。しかし、人間にはご都合主義というものがあって、心のどこかでは誰かマザーテレサみたいな人がやってくれると思うわけである。結局一瞬困惑したものの人々はいいんじゃない?一人だけでよかったと口々に言い合い、その男も大変満足して消えていった。そうしてまた人々は普通の日常に戻ったのである。

しかし、僕だけは違った。未来のないことに常に悩んでいた俺はすでに神経はすり減っていて、もう考えることすら嫌になっていた。この話を聞いて、僕はこれを他人事のように流せなかった。僕、人のために死ねるんじゃないか?そう思ってしまったのである。人のために何かをするということほど気持ちの良いことはない。僕はぼんやりと、しかしはっきりと頭の中で死ぬことを正当化し、決断した。

そうと決まれば、行動は早かった。まずは恋人と別れる。そして次に親に今まで育ててくれたことに感謝を述べる。友達は…いいや。きっと僕がいなくなったこともわからないだろう。気が付いたとしても、あまり気にも留めないはずだ。そんなことを考えながら彼女に別れのメールを打っていた。

メールを打っている最中に、彼女の方からメールが来た。なんだろう、今から送ろうと思ったのにと少し苛立ちながら開いたら、そこには、別れのメッセージが書かれていた。僕がどうしたの?と聞くと、ううん、あなたが嫌いになったわけでもなく、ただ別れなきゃいけないことがあったの。と返信が来た。それは僕には言えないこと?と聞くと、彼女はうんと答えた。僕はすぐに察した。彼女も死のうとしているのだと思った。ということはスーツの男は一人じゃなかったのか?と考えつつも、僕は彼女に会って話そうと送った。案の定彼女はもう会いたくないのごめんねと送ってきた。この返信で確信を得た僕は、僕が今から死にに行くから君は死なないでいいよと送った。

そこで長い時間の空白があった。そして、ただ短く、なんで?と返信が来た。人間は人に格好をつけるというのが本能なのだろうか、本当はただ死に場所を求めていただけなのに、彼女に、君を死なせられないよ、僕が死ぬと返信した。彼女はおかしいじゃない!なんであなたに死ねる権利があるのよ!あなたが死ぬくらいなら私が死ぬわ!と言った。でも、それは彼女についても同じことだった。じゃあなんで君は死ねるんだい?

また長い空白の時間があった後、彼女からごめんと返信が来た。私はあの話を聞いた時、あなたのことも考えずにみんなのためならと思って死ぬことを考えてしまった。でもどうしてあなたにメッセージを送ったかというと、何も言わず死ぬのはあなたにとって酷だろうからちゃんと別れてから死のうと思ったの。でも、あなたにメールを送ったのは間違いだったわ。今、私はあなたを置いて死にになんかいけない。私はあなたのために生きたい。きっと泣きながら返信しているだろう、そのメッセージには所々に誤字脱字があった。

僕もその読みにくいメッセージを見て罪悪感に襲われた。今さっきまで彼女と同じように(それも俺は現実逃避のために)死のうとしたことを悔いた。だから、俺も正直に、いや、死のうとした本当の理由は隠したが…、相手に告白した。僕も同じ理由で実は君に別れのメッセージを送ろうとしたんだ。君に寸分の差で先を越されてしまったけれどね。僕のこの冗談に、彼女は笑っていたのか、同じだね(笑)とだけ返信してきた。

ねえ、今から暇かい?と僕は聞いた。その子もこの先のことを考えていなかったらしく、うん、ちょうど今暇になったところよと返信してきた。僕は、奇遇だね、僕も実はちょうど今暇になったところなんだ、一緒にデートに出かけないかい?と送った。彼女は間髪を入れず、了解とだけ送ってきた。

やあ、君、この話を聞いてめでたしと思っているだろう。でも、世界ってのは妙なものでさ、みーんな同じことを考えるんだ。え?それの何がいけないって?よく考えてみなさいよ。彼らは恋人のために死ぬのをやめた。恋人がいないものは親。親のいないものは友達や親戚。それらがいないものもきっと死ぬことを踏みとどまるだろう。自殺願望のあったものはもしかしたら死にに行くかも知れないけれど、人のために何かできると思った瞬間に判断が鈍るのは明白だ。結局人は誰かのために生きることを望む。70億人もいて、誰も死にに行かなかったんだ。そう、だから彼らはきっとこれが最後のデートになったんだろうよ…。はは。

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小雪 について

「愛」の概念について探求している、某国立大学の学生 プラトン、アリストテレス、アウグスティヌス、ベルナール、トマス・アクィナス、スコトゥス、パスカル、キルケゴール等の様々な思想家、 フロイト、ユングといった心理学者、 ユダヤ教、キリスト教などの宗教について広く調べています。 最近では、自由意志の認識がもつ社会的影響など実証的な研究にも興味が出てきています。 長らく哲学を専攻していましたが、心理学に転向することを考えています。
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