二重スパイ

「他の人には誰にも言わないでね」

俺はこのセリフを幾度となく聞いてきた。比較的人を否定することはなく、口数もそれほど多くない俺は、恋や人間関係の悩みと言った、あまり公にしたくない相談をされることがよくある。

先ほども、メールで友達の相談に乗っていたところだった。彼はある女の子に恋をしていて、アプローチの方法がわからずうまくいかなくて困っていた。俺は何も聞かなかったけれど、彼の方から彼女へのメールの内容、その反応、なぜ好きなのか、付き合ったら何がしたいかなんてことまで、相手の名前こそ教えてはくれなかったが次々と書いて送ってきた。俺はそんなこと別に知りたくもないし、興味もなかったけれど、そいつとはそこそこ仲も良いし、邪険には扱いたくなかったから快く聞いてあげた。俺の方からは特に何も言わなかったのに満足したのか、次の方法を自分で考えて実践してくると意気込み始めた。そして「他の誰にも言わないでね」という言葉でやり取りは締めくくられた。

その次の日、メールの着信があった。ああ、彼からだなと、少しうんざりした気持ちでケータイを開いた。しかし、送り主は違っていた。今度は女からのメールか。しかし、この子が自分から俺にメールを送ってくるなんて珍しい。さては…と思ってメールを開くと、想像の通りである。

「しつこく言い寄ってくる男がいるんだけれど、この人ってあなたの友達よね?」そのメールには昨日やり取りした友達のアドレスが添付されていた。俺は「そうだ」と返した。「今も連絡をとってるの?私に関して何か相談されたりした?」俺は「いや…まったく」と嘘をついた。秘密は守らねばならない。「そう、なら話が早いわ。彼に連絡して今すぐ付きまとうのをやめてと言ってくれない?結構迷惑をしているの」

ああ…ここまで嫌われているのか彼は…ととても辛い気持ちになったと同時に、彼女がとんでもないことを俺にやらせようとしていることに気づき、慌てて「それは無理だよ」と返信した。「どうして、お願いよ」

「よく考えてみろよ。今ここで俺が彼にそういう旨のメールを送ってみなよ。きっと彼は怒るだろうね。なんで彼女から断らないんだって。それに君、彼と君とのやり取りを俺に見せたことが彼にバレたら彼はきっと復讐として、俺と君が付き合ってるなんて嘘をつくかもしれないよ?そんなの君にとったら嫌だろ。それに俺と彼の友情は君のために壊れる。さあ、君はその責任を全て取れるかい?それでもいいなら今からメールしてあげよう」彼女は、「それもそうね…」と書いた。その次に続けて、「その代わり、今回の件の相談役になって」と送ってきた。俺はやれやれとため息をついた。「もちろん、口外はなしだよね」「当たり前よ」

「それで、相談事ってなんだい?自分で断らず俺に頼みごとするんだから何かあるんだろ」「何かってことは別にないけれど…ごめんね、こんなつまらないことで連絡して」「いや、いいよ。言いすぎた。熱心に自分を好きになっている人間に付き合えないなんてことは言いづらいよね」「うん…私、こんな性格だからさ、こんなに自分に熱心になってくれる人が今までいなくて、いろいろよくしてくれるし…でも、違うんだよね。彼がいろいろ私を褒めてくれてんのは分かるんだけど、それはもう私じゃないみたいな気がして…もう、辛いの、とても鬱陶しい」彼が彼女を賛美する言葉の数々を俺はもう知っていた。あの時は誰のことだか知らなかったから、世の中にはそんな女性もいるんだと軽く受け流していたけれど、確かに、その対象がこの彼女じゃあまりにもその言葉は重い。

「こんなに鬱陶しいのに、やっぱり私も褒められて嫌な気持ちにはならないから余計に断りづらくて…それであなたに頼んだの。でも確かに浅はかだったわね。ごめんなさい」「いや、それはもういいって。そうか、それは確かに辛いな」「わかってくれる?私も少し前まではこんな恋愛話なんて鼻で笑っていたのに、なんだかな…」男友達が多く、少しぶっきらぼうな彼女は確かに恋愛とは無縁で、そんな彼女が恋に悩んでいる姿をケータイ越しに想像すると少し可愛らしくてなんだか恥ずかしくなってしまった。

彼女への返信をどうすればよいか考えあぐねているうちに、問題の彼からメールが来た。少しイラっと来たが無視するわけにはいかないのでメールを開く。と、そこにはとうとう彼女からメールが返ってこなくなってしまったという旨の文章が書かれていた。

「前までは送れば10分以内には返ってきていたんだ。たくさん考えるような長い文章でも、ちょっと待ってと断ってから送ってきてた。そんなふうに彼女はとても律儀な性格だから、人間関係もしっかりするタイプなんだと思う。だけど、今回は30分たっても連絡が返ってこない。俺もしかしたら嫌われたのかも…」「そんなことないよ、何か返せない用事でもあるんだよ」そりゃそうだ、だって彼女は今俺とメールしているんだから。「もう少し待ってみなよ」そう送ったら、彼はうんとだけ書いてきたので、ひとまず保留だ。

俺が返信する前に、彼女からメールが来た。「それでね、今もメールが来ているんだけど、なんて返せばいいのか全然わからなくて。この人、私を勘違いしてて、どういう理屈なの?この前デート…させられた時に、私が常にケータイをいじってるもんだから、彼が、『どんなときもちゃんとメールをチェックしているなんて君は律儀なんだね』って褒めてきたの。わたしはびっくりしたわ。まさか、つまらないからケータイを触っていたなんて訂正できない。だから遅くても10分以内には返信しなきゃって頑張ってた。返事が遅くなるときは『ちょっと待って』なんて打ってね。バカみたい。何してんだろわたし…。でも、あなたとメールしてわかった。これどう考えても異常よね」何も聞いていないのに随分と長文で送ってくるものだ。相当溜め込んでいたんだな。俺は、「うん、異常だ」とだけ書いて送った。「そうよね、よかった」

また彼からメールが来た。そろそろ無視を決め込んでやろうかと思ったが、あまりにも不憫なのでメールを開いた。「実は昨日、二人で海へ行こうと誘ったんだ。運動神経抜群な彼女は、海で一緒にはしゃぐのがいいと思って」意気込んで考えた作戦がまさかそんなアホみたいなものだとは思わなかった。ちゃんと作戦を聞いていれば、俺も止めていただろう。「でも、海はちょっと…って言われちゃって。確かにおかしいよな、彼氏でもないのに二人で海とか。よく考えたら二人で何すんだよな。ビーチバレーしかできないじゃん」笑ってしまった。不憫に少しでも思った自分が恥ずかしい。「だから、謝ろうと思って。さっき、『ごめんね、何も考えもしないで海なんか誘って。もっと最高のプランを考えてから君を誘うよ』って送ったんだ。俺は彼女を楽しませてあげたい、そういう気持ちで」俺は、彼も自分の恋に一生懸命なんだなと思って羨ましくなった。「俺、何がいけなかったんだろう…」「焦る気持ちもわかる。だって今まで返ってきた返信が返ってこないんだもんな。でもだからこそ焦らないでもう少し待ってみろって。きっと彼女も彼女なりに何か考えているはずだ。もっと彼女の気持ちを聞いてみよう」

「それもそうだな。ありがとう。お前は頼りになる男だ。それはそうとこの話、誰にも言ってないよな?」「ああ、いうはずないだろ。頑張れよ」そう言って彼とのメールは終わった。

「それでね、いきなり海に誘う男って一体何考えてんの?」彼女からまたメールが来る。「え?どういうこと?」「海ってことは、わたしの水着姿目当てってことでしょ?」「うーん、それはないんじゃないかな…」「じゃあ、だとしたらどういう目的だったのだろう。さっき来たメールには何も考えてなかったなんて書かれてるけれど、わたしを運動神経がいいとかなんとかって理由で誘って…何か下心があるとしか考えられない」「いや、何も考えてないんじゃない?」「本当にそんなことがあると思う?あなた、女の子の水着姿、見たくないの?」「いや、別にそんな訳じゃないけど…」「あなたならいいわ」「え?」一瞬心臓がどきっとした。「いや、なんでもない。とにかく、水着姿目的だと思ったの」それは彼女にしては驚きの推論だった。見ようによってはわざと嫌いなところを探しているようにも見える…。それにさっきの…いや、俺の勘違いかもしれない。

「やっぱり…思い切って断ろうかしら」「え?また急に?」「うん、そんでわたし、あなたに告白する」「は?」「だって、こんなに親身になって話を聞いてくれるのあなただけだから」「いや、それは…」「今まで好きって気持ち、私はわからなかった。だから、彼に言い寄られているときも鬱陶しいとしか思えなかった。でも、今わかったわ。彼には悪いけれど、あなたが好きなの」「でも、そんな急に…」「今すぐ返事が欲しいとは言わないわ。嫌ならすぐ引くし。待ってる」

———–

結果から言うと、俺は彼女を振った。俺は決して彼女のことを嫌いではなかった。メールから時折伺える彼女の女らしさに俺は心を動かされたのは事実だし、好きだと言われたときは嬉しかった。でも、俺は彼女に引け目を感じていた。それは、俺が彼女に嘘をついていたことだ。俺はしっかりと彼の相談に乗っていたにも関わらず、乗っていないと言ったことだ。別にいいじゃないかと言う人もいるかもしれない。確かに、早かれ遅かれ分かることだし、分かったところで彼女も許してくれるだろう。しかし、もし俺が彼との約束を破ったら、俺は彼女に告白されていただろうか?彼女ともそういう約束を交わしていたのだから破っていたら相談すらしてくれなかっただろう。そもそも彼が彼女を好きにならなければ、彼女と連絡すら取っていなかったのではなかろうとも思う。一方で、彼はどのみち俺に恋愛相談にしようがしまいが彼女に振られていただろうということを考えると最初から恋愛相談を受けなければよかったのだろうか?それはあくまで結果論に過ぎない。

「他の誰にも言わないでね」今日もまた俺は誰かと秘密の約束を交わした。

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小雪 について

「愛」の概念について探求している、某国立大学の学生 プラトン、アリストテレス、アウグスティヌス、ベルナール、トマス・アクィナス、スコトゥス、パスカル、キルケゴール等の様々な思想家、 フロイト、ユングといった心理学者、 ユダヤ教、キリスト教などの宗教について広く調べています。 最近では、自由意志の認識がもつ社会的影響など実証的な研究にも興味が出てきています。 長らく哲学を専攻していましたが、心理学に転向することを考えています。
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二重スパイ への1件のフィードバック

  1. かたぴ より:

    自分の気持ちを押し殺して彼女と付き合わない方を選んだとしたら、生真面目すぎるのもどうなんだろうって思うな。
    それほど彼女ことが好きではなかったのかなと思うけれど。

    いいね

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