飛んで火にいる夏の虫

気が付いたら、僕は駅のホームにいた。
だいぶ夜も更け、色が変わってしまった壁と、こびりついた無数のガムが目立つ床がなんとも物寂しい無人駅で、遠慮がちについた簡素な屋根の合間から見える星々が美しく瞬いている。
もうこのあたりは冬らしい寒さになって、僕は肌を震わせていた。
僕の他にはこのホームは誰もいない。終電はまだ何本か残っているのだが、こんな田舎の駅を利用する客はこの時間にはもう残っていない。僕は、消えかかった蛍光灯をぼーっと見つめながら、深くため息をついた。

どうして僕はここにいるのだろう。

僕は先ほどまで、この少し先の繁華街にいた。
いや、本当に繁華街にいたのだろうか?そう思うくらい、この駅とは対照的に栄えた町だ。目をつぶって歩けば、必ず人にぶつかってしまうだろうくらいにはうるさい町。

僕は今日は、誕生日なんだ。

誕生日だからと言って、別に友達と一緒に誕生日パーティをしたわけではない。僕には、誕生日を祝ってくれるような友達はいない。別に、祝ってほしいだなんて思ってもいない。もう、毎年慣れていることだ。でも、どうして繁華街になんかいったって?

ちょっとだけ、寂しかったんだ…。

でも、結果は失敗だった。
正直に言って、孤独感は増すばかり。知能指数の足りなそうな大学生グループの叫喚も、性欲しか脳みそに詰まっていない猿たちの宴も、不快で仕方がなかった。
本当にどうしてここなんかにいてしまったのだろう。

虚無感が次第に募り、僕は自然と繁華街から離れていった。身の振りむくままに歩いた。1時間は歩いただろうか、僕はそろそろ帰りたくなって、駅のホームにたどり着いたというわけだ。

僕の人生はいったい何だったのだろうか。

駅のホームは、この世で一番死に一番近い場所ではないだろうか。通勤で電車を使っているが、毎日のように「人身事故」という文字を見かけるし、終着駅へと向かう列車は、三途の川を渡る船そのものだ。生き急ぐサラリーマンや、生きる意味をどこかうつろな目で探している老人がたくさん運ばれている。

ホームの蛍光灯が、また消えかかる。電車は本当に来るのだろうか。時刻表には10分後に来ることが書いてあるけれど、僕以外に本当にこの世に存在するのだろうか。僕の存在を証明するのは今やもう蛍光灯の光のみだ。
デカルトの『方法序説』に、「われ思う、故にわれあり」という言葉があったことを思い出した。しかし、僕は私という存在は、「思惟する主体」が存在させてくれるものではなく、光なのだ。光がなければ、僕は僕という存在を認知することはできない。「思惟する主体」ですら、光が当てられなければ、ただの虚無に過ぎないと思っている。

蛍光灯の光が更に弱くなってきて、ついには光らなくなってしまった。あたりにはもう僕を照らす光はない。冬だというのに虫の音が聞こえてくる。だが、それを誰が聞いているというのだろうか。僕か、いや僕はもうここには存在しない。したとしても、誰も証明してくれるものがいない。

僕は次第に、「私」という光さえも失ってしまった。「考える私」すら薄らいでしまった。空間も時間も、もう僕の周りでは流れていない。そこは一切の虚無だ。僕はもう…

僕は何のために生きているのだろうか。

僕は20年前の今日、「生」を授かった。1年という節目は別に僕にとっては興味がないけれど、今日いなくなってしまうのも悪くはないな。僕が消えてしまっても誰も気づくまい。気づくまい。

…。

突然あたりが急に明るくなった。僕は反射的に、その明るさを求めた。飛んで火にいる夏の虫の様に、僕はその命の火を燃やした。

 

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妖怪三題囃「誕生日」「蛍光」「方法」

https://twitter.com/3dai_yokai

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小雪 について

「愛」の概念について探求している、某国立大学の学生 プラトン、アリストテレス、アウグスティヌス、ベルナール、トマス・アクィナス、スコトゥス、パスカル、キルケゴール等の様々な思想家、 フロイト、ユングといった心理学者、 ユダヤ教、キリスト教などの宗教について広く調べています。 最近では、自由意志の認識がもつ社会的影響など実証的な研究にも興味が出てきています。 長らく哲学を専攻していましたが、心理学に転向することを考えています。
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