パン屋のルーシー

「私はルシア、フランス人とのハーフなの。ルーシーと呼んで」

僕が彼女と初めて言葉を交わしたとき、彼女はそうやって誇らしげに自己紹介をした。

夏休みも終わって、九月のある日、彼女は突然、僕たちの小学校に引っ越してきた。彼女の姿はとても美しくて、大人が着ているようなキラキラした洋服を着ていて、そして一番僕の目を惹いたのは、その長く伸ばした金髪だった。僕はテレビでしか金髪を見たことがなかったから、ついつい彼女に見とれてしまった。

しかし、どうしてこんな辺鄙な小学校に引っ越してきたのだろう。見るからに金持ちのお嬢さんっぽいし、なにより格好が周りと浮いている。何か事情があるのではないだろうか。そう思っても聞くことはできないので、僕の頭の中にしまっておいた。

彼女が周りと浮いているのは、恰好だけではないことがだんだんと分かってきた。彼女の性格は、見た目以上に変わっていた。彼女は、父親の実家であるフランスに自信を持っているようで、フランスの国旗の色である、白や赤や緑に塗られた筆記用具を使っていたり、国語や社会の時間で「フランス」という単語が出れば必ず手を挙げて、「私の父の実家よ」と発言した。一番驚いたのは、彼女は日本人の主食である白米を絶対に食べない。給食でご飯をよそわれても、「食べないわ」と言って、代わりに自分で持ってきたパンを紙袋から取り出して食べていた。

彼女は転入してからずっとその調子だった。だからまだ友達はできていないらしく、中休みや昼休みは一人でいることが多く、放課後になったら誰とも遊ぶことなくすぐに帰ってしまう。彼女に興味を持った男子や女子が話しかけても、ツンとして冷たくあしらってしまう。次第に、クラスメイトは皆、お高く留まっていると陰口を言って避けていった。何週間か経つと、彼女は孤立していた。

さて、僕はというと、あとで考えれば、彼女に一目ぼれしていたんだ。僕はこの田舎の小学校に飽きていた。田舎というのは全てがダサいし、普通だ。だから、こんな田舎に来ても自国に誇りを持ち、少しもぶれることなく佇む彼女をかっこいいと思っていたんだ。

しかし、彼女にどうやって話しければいいのだろう。多分きっと普通に話しかけたら、他の人みたいに冷たくされるだけだ。じゃあ、フランスのことを聞く?だめだめ、それはちょっと露骨すぎる。僕は彼女の金髪をぼーっと眺めながらそんなことを考えていた。

そのとき、ふいに彼女が振り向いて、僕の方へ近づいてきた。僕の心臓が急に高鳴り始めた。どうしよう、何か怒らせるようなことをしてしまったのかな。そう思っていると彼女は僕を睨んでこう言った。

「私に何か用?」

元々内気な僕は、ただでさえ女子に話しかけられるとどもってしまうのに、よりによってこの美しくて、憧れている彼女にきつく言われてしまったので恐縮してしまった。

「さっきから私のことを見ていたでしょ、何か用があったんじゃないの?」

彼女はじれったそうに再び聞いた。何かしゃべらなければ余計に怒られる。僕は頭の中が真っ白になった。そしてうわ言のように呟いた。

「いや、君の金髪があんまりにもきれいで…見ていたんだ。ごめん…」

そう言ってから、はたと気が付いた。僕はいったいなんてことを言ってしまったのだろう。これじゃあ、彼女を口説いているみたいじゃないか。下心があると思われてしまったのではなかろうか。ああ、嫌われてしまった。そう思いながら、恐る恐る彼女の顔を見ると、予想に反して彼女は嬉しそうにこう言った。

「え?あ、こ、この髪?ええ、私の自慢の髪よ。そ、そんなにきれい?」

そう言いながら、彼女は僕の前の席に座ってまっすぐ僕の方へ向きながらこう言った。

「改めて自己紹介するわ。私はルシア、フランス人とのハーフなの。ルーシーと呼んでくれていいわ」

僕は、そんなこともう知っているよ、と心の中で呟いて、「嬉しいよ、よろしくね、ルーシー」とにやついてしまう顔を頑張って隠しながら返事をした。

かくして、僕と彼女との交流は始まった。元々友達の少なかった僕は交友関係が変わることもなく、彼女と二人で中休みや昼休みを過ごすようになった。彼女にフランスのことを聞けば、嬉々として答えてくれるし、僕も彼女にこの町のことや学校のことを教えてあげた。僕はその時間が本当に楽しかった。このまま時間が止まってくれればいいのにと、そう思ったこともあった。

「そういえば、ルーシーはいつもおいしそうにパンを食べているよね。それはなんてパンなの?」
「呆れた。このパンの名前も知らないの?これはね、フランスパンと言って、外はカリカリ、中はふわふわで、私の大好きな国の名前が付いた、誇り高き食材よ」
「へぇー、とてもおいしそう!今度僕にも食べさせてよ」
「ええいいわよ、友達であるあなたには、ぜひ私のおすすめのパン屋さんを紹介してあげる」

友達かぁ、嬉しいな。心がとても温まる。そう思いながら、僕たちは週末に遊ぶ約束をした。

「ここが、私のおすすめするパン屋さんよ。オシャレでしょ」

彼女を迎えに来たその車は、見たこともないくらい大きくて、僕はこの特別な体験にとてもワクワクしていた。着いたそのパン屋さんは、とても綺麗で、本当にここは日本なのだろうかと錯覚するくらいここは異世界だった。僕は彼女に促されてそこへ入ると、僕は予定通りフランスパンを購入した。

「焼きたてのパンはね、こうやって紙袋で包装するのよ。紙袋はね、空気をよく通すから、パンの熱気がこもってしまわないの。だからパンが湿気なくて済むのよ。それにね…」
「それに?」
「紙の包装紙は、デザインがとてもきれいなの。お店ごとに絵が全然違うから特徴も出ていて面白いのよ!私は、この紙袋を集めているの。ちょっと変わっているかしら」
「いや、そんなことないよ!このデザイン、とても素敵だもの!僕も集めてみようかな」
「それがいいわ!集めて、二人で見せ合いっこしましょ!」

僕は彼女との価値観を共有したみたいで一層嬉しくなった。それからというもの、僕も毎日パンを食べるようになった。そして、焼きたてのパンを買ってはそれを保存した。そうして、二人で見せ合ったりした。しかし、彼女が来てから一か月が過ぎようとしていたとき、事件は起こってしまった。

結論から言うと、彼女は学校を去ってしまった。ただでさえクラスメイトに嫌われていた彼女は、最近僕と楽しそうに話していることで、彼らを苛立たせてしまったようだ。それは次第に行動に現れて、クラスメイト達は露骨に彼女にちょっかいを出すようになった。それが段々エスカレートしていって、最終的に、彼女の誇り高きフランス色をした筆記用具はバラバラに壊され、そして何より僕たちの仲良しの象徴である紙袋の数々が破られてしまった。彼女は、怒りに打ち震えて、声も出さなかった。僕は、彼らのあまりの行動に、怒鳴り声をあげ、その一番前にいた子をぶん殴った。教室は騒がしくなり、先生が介入してきて僕は羽交い絞めにあってその場は収拾した。彼女は、無言で教室から去っていった。そしてそのまま、彼女は学校に来なくなってしまったのだ。

10年たった今でも、どうして彼女は僕に何も言わずに去ってしまったのだろうと考える。そして、僕は今でもまた彼女に会えるのではないかとパン屋をめぐり、焼きたてのパンを買っては紙袋を集めている。彼女は今何をしているのだろう、もうフランスに帰ってしまったのだろうか。そう思いながら、パンを見ていると、

「…あら?あなた…」
「え?あ…」

かわいらしいパン屋の制服に身の包んだその人のコック帽子の下には、見覚えのある金髪が見えた。しばらく生命維持活動にしか使われていなかった僕の心臓が久々に高鳴った。

「…。今日のお勧めのパンは、フランスパンよ。フランスパンは外はカリカリ、中はふわふわで、私の大好きな国の名前の入った、誇り高き食材よ。そして、私の、そう、日本で初めてのお友達には、この餡パンもお勧め…」

僕はにやついてしまう顔を隠しながらこういった。

「また会えてうれしいよ、ルーシー」
「ええ、私も。見つけてくれてありがとう」


妖怪三大囃
https://twitter.com/3dai_yokai
「餡パン」「ルーシー」「紙袋」

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小雪 について

「愛」の概念について探求している、某国立大学の学生 プラトン、アリストテレス、アウグスティヌス、ベルナール、トマス・アクィナス、スコトゥス、パスカル、キルケゴール等の様々な思想家、 フロイト、ユングといった心理学者、 ユダヤ教、キリスト教などの宗教について広く調べています。 最近では、自由意志の認識がもつ社会的影響など実証的な研究にも興味が出てきています。 長らく哲学を専攻していましたが、心理学に転向することを考えています。
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パン屋のルーシー への1件のフィードバック

  1. 池田奈美子 より:

    拝読させて頂きました。この作品は、私くらいには丁度いい作品と、言っては語弊があるかな?(笑)わかりやすく、感情移入しやすく、そしてハッピーエンドという、読み終わって心落ち着きあたたまるお話でした。よかった(*´˘`*)♥それぞれの感情がわかり易く書かれてありました。小雪さんだと、わざわざ簡単な文章にしたのでは?と思うくらい。でも、ときどき、哲学的な部分が垣間見られるのは、仕方ないですね。(笑)溢れてしまうのでしょうね。ダサいし、普通っていう表現は面白いですね。後、突然心臓が高まった時の心臓の説明ぶん、生命維持活動しかしてなかった、という所とか。まだ三作品読ませて貰っただけですが、三作品とも違ってて楽しかったです。また覗かせてもらいますね。

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